「なんとなくはじめた宿も
もう30年が経ちました」
塔の見える宿 おかせん里
土屋俊雄さん | 神奈川県出身。1988年に上富良野町で同名の宿を開業。その後、現在地に移転した。多趣味だが、小さいころから地図を見ることや生き物が大好きで、それらが現在の趣味のベースになっている。駅のポスターで「草千里」の言葉を見て、宿の周囲に丘が広がる景色を表現する「おかせん里」の宿名を思いついた。 |
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「あまり深くは考えずに」サラリーマンが合わないという理由から、よく訪れていた富良野エリアで宿を開業。子どもの誕生をきっかけに駅から徒歩5分という旅人にもうれしい現在の場所に移転した。宿名は客室から美馬牛(びばうし)小学校の三角屋根の塔が見えることに由来。夏至のころには一部の客室の真正面にある旭岳から美しい日の出が見られる。
のんびり旅をしていた学生時代
会社員を経てなじみの地で宿開業
―神奈川県出身とお聞きしましたが、この場所に宿を建てるきっかけはなんだったんですか?
土屋
富良野にあったユースホステルによく来ていたんで…。ドラマの「北の国から」ブーム全盛期のころで、富良野は騒がしかったんですけど、上富良野町や美瑛町のほうは静かだったんで、まぁいいかなって感じですかね。
―北海道、というよりもこのエリアだけによく来ていたんですか?
土屋
学生時代の夏休み、春休みに北海道をあちこちまわっていたんですけど、富良野のユースには一番よく泊まっていたかな。あといまは廃線になってしまった国鉄美幸線の終点、仁宇布駅(にうぷえき。美深町)にあった宿でもよくうだうだしてました。上野駅を19時に出る夜行の急行「八甲田」に乗れば、朝の6時くらいに青森に着いて。7時台の青函連絡船に乗って、11:45ころに函館に到着。11時台の札幌行きが室蘭経由と、倶知安経由と5分違いであって。いつもそれの遅いほうに乗って、札幌に16時くらいに着いてたかな。
―よく覚えていますね!
土屋
そこからどこに行こうかなっていう感じでした。3本夜行があったんで、稚内方面か、網走方面か、釧路方面か。
―じゃあとりあえず札幌まで行って決める、と。
土屋
そんな旅行をしていました。暇でしたからね。
―そもそも北海道方面に行こうと思ったのはどうしてだったんですか?
土屋
九州に行ったから、次は北海道に行こうかって。そのくらいの感じです。あと東京からだと九州より北海道のほうが行きやすいっていうのもあったかな。あんまり深く考えてなかった(笑)。
―(笑)。でも何も考えないでふらりと旅をしていた人が宿を経営することになるのは、結構な覚悟が必要かと思うんですが、何かきっかけがあったんですか?
土屋
あんまり深く考えてなかった(笑)。…大学を卒業してとりあえず就職はしたんですけど、サラリーマンは合わないなーと思って。
―何年ぐらいお勤めされていたんですか?
土屋
丸3年。
―合わないと思って辞めて、すぐ宿をはじめたんですか?
土屋
勤めながらこの辺で宿のための場所を探したりしていたんです。土地勘があったから。まぁこの辺でいいかなって。
―はは。でも仁宇布のほうも素敵ですよね。
土屋
でも美幸線が廃止になるのがわかっていたし、すでにそこには僕がよく行っていた宿が1軒ありましたから。同じ場所に宿が2軒あっても大変だろうなって。
―それでこの辺かなということになったんですね。
土屋
旭川近辺だったら便利だし。
―確かにそうですね。最初からこの場所で宿をやっていたんですか?
土屋
いや、最初はここから3キロ離れたところ。上富良野の元農家さんの建物で6年間宿をやってたんです。でも家庭を持って子どもができると、学校のことを考えて駅に近いほうがいいかなって思って。知り合いに紹介してもらってここに移って来ました。
―駅から徒歩5分で客室からは大雪山も見られていいですよね。ご結婚されたのはいつだったんですか?
土屋
最初の頃にヘルパーで来てくれて…。
―そうだったんですか、奥さん?
清美
宿主とヘルパーさんが結婚するってほかのとほ宿でも昔は結構ありましたよね。ははは。
土屋
一番安上がりなんで。
―何言ってるんですか! じゃあ旅は好きだし、サラリーマンは性に合わないし、富良野あたりで宿でもやるかってはじめたら、いいヘルパーさんが来てくれて、そのうち奥さんになっちゃったと。
土屋
先ほどから何度も申し上げている通り、「なんとなく」とか昔はそういうのでなんとかなっていたんです(笑)。
子育てが一段落し
本格的にはじめた郵便局めぐり
―元々旅好きな方が宿をはじめると、旅ができなくなるっていうジレンマがあるんじゃないですか?
土屋
人よりは旅行をしてると思いますが、もっとしたいなって思いますね(笑)。一番いい時期に旅行ができないっていうのが、ね。子どもがいたときは子ども中心の旅だったし。うちは娘ひとりなんで、いろいろ言いなりになっていて(笑)。
―自分で認識されているところがすごい(笑)!
土屋
娘が高校のときは400m先の美馬牛駅まで毎晩迎えに行ってました。
―車で⁉
土屋
そう。
―それは甘いですね~。
土屋
だから土日以外はお迎えがあるからあんまり時間が取れなくて…。
清美
ばかでしょ(笑)。
―娘さんが家を出られたのは何年前なんですか?
土屋
8年前かな。
―じゃあ8年くらい前から自由になる時間が増えたということですかね。いまはどんな旅をされているんですか?
土屋
趣味で郵便局めぐりをしているんです。郵便局をまわって貯金をしています。
―いわゆる「郵趣」のひとつですね。全国の郵便局に行こうとしたらかなり大変だと思いますが、車でまわっているんですか?
土屋
車や自転車…あらゆる手段を使っています。ヒッチハイクもしますよ。
―それは奥様も一緒にまわっているんですか?
土屋
それはケースバイケースで。都市部だと僕は自転車でまわることが多いので、そういうときはどこかで観光してもらってます。
―これはいつからはじめた趣味なんですか?
土屋
高校3年の卒業旅行で九州に行ったときに「かじり」はじめたんですけど、専用の通帳を作ってリセットしてやりだしたのは1990年ですね。30年近くなります。
―それでもまだ行ききらないんですね!
土屋
波があって。娘が一緒のときはあんまり頻繁には行けなかったし。だから娘が家を出て…最近頑張りだしたかな。
―ちなみに郵便局は全国にどのくらいあるんですか?
土屋
2万4000局くらいですね。
―2万…⁉ そんなに!
土屋
死ぬまでには全部まわりたいなー。
―1日どれくらいの数まわるんですか?
土屋
一番多い時で50局以上まわったことがあります。最低目標が30局。だいたい44、45局まわれればいいかなって。窓口の混み具合とか信号にひっかかるとかで変わってきちゃいますから。だいたい何時くらいにここに行けているといいなっていう、行く前のイメージトレーニングが大事ですね。地図もいったんバラして並べて、鳥瞰図じゃないですけど、上から全体図を見てコースをイメージしています。あと自転車の場合は距離よりも標高差を考えます。なるべく川上のほうからスタートするように。東京だったら必ず西のほうに自転車を担いでいって、東のほうに下っていくような感じですね。
―「あんまり深く考えていない」と言う割に緻密に計算されているじゃないですか。
土屋
行ったからにはね。お金かかってるし(笑)。でもヒッチハイクでまわったある島では、2時間車が来ない、なんてこともありましたね。
―はは(笑)。次はどこのエリアに行こうと思っているんですか?
土屋
どこ行きの飛行機が安いかですね。費用対効果。どこに行こうかな、が先じゃなくて、どこだったら安く行けるかな(笑)。
―行先が自分の意図しないところで決まっていく旅もおもしろそうですね。奥様はそういう旅について不満は?
清美
特にないですね。自分が行ったことのない場所にも行けるので。
―旦那さんが自転車でまわっている間は何をされているんですか?
清美
買い物しておいしいもの食べて…(笑)。
土屋
お金のかからない観光地めぐりをしてもらったり。お城を見たりだとかね(笑)。
清美
熊本にも震災前に行って熊本城を見られてよかったですよ。
―奥様も一緒に楽しんでいるのであればなおいいですね。
体力づくりでジョギングを。
レースにも年に2回出場
土屋
郵便局めぐりは結構体力を使うんです。自転車で1日中、8時から夕方6時くらいまでずっとまわっているんで。
清美
ばかでしょ(笑)。
―いや、すごいですよ(笑)。
土屋
そういうこともあって、ジョギングを…。
―ジョギングが趣味、ということは以前ちょっとお聞きしていましたが、それがまさか郵便局めぐりのためとは思いませんでした(笑)。
土屋
いずれにしても体力はあったほうがいいかなと思って。
―ジョギングをはじめたのはいつなんですか?
土屋
学生時代、北海道を旅行していた時になんでもかんでも「かじって」たんです。ユースに泊まるとみんなで山登りとかするじゃないですか。それで、趣味までいかないけど、かじる程度に山登りもいいかなって。まぁハイキング程度ですよ。そんなこともあって、ちょっと走っておいたほうがいいかなって。実家が神奈川県の茅ヶ崎で海の近くなんです。学生のときは海岸線近くにあるサイクリングロードを週に1回くらい、5キロとか10キロ走っていました。いまは帰るとそこを20キロくらい走ってますね。
―じゃあ昔よりも走ってるんですね!
土屋
自分の生まれた土地の景色を見ながらなんで、気持ちいいですね。相模川の河口まで行ってそれから江の島のすぐ脇まで行って。
―いいですね~。そのあたりは比較的平らだと思うんですが、宿の周辺を走るときは、アップダウンが結構ありますよね。
土屋
そういうところを選んで走ってます。あと人目につかないところ…(笑)。
―どうしてですか?
土屋
あんまり走っている人もいないし、知り合いとすれ違うと恥ずかしいんで…。
―はは。この地域では「丘のまちびえいヘルシーマラソン」が開催されますが、大会には出ているんですか?
土屋
大会には年に2回出ています。ヘルシーマラソンでは5キロコース、旭川ハーフマラソン大会ではハーフを走ってます。おととしはヘルシーマラソンが30周年で、それにちなんで設定された30キロコースに、まわりからそそのかされて出てしまいましたね。でも長距離のレースに出ようとすると練習に時間がかかって大変。
―確かにそうですね。
土屋
まだ負けず嫌いなところもあって、そこそこのタイムで走りたいなっていうのがあるんです。30キロを走った時はみんなの期待を裏切って、3時間を切ってゴールしちゃいました。
―すごいじゃないですか! 先ほど体力づくりで、と話されていましたが、結構なレース感覚ですね。
土屋
そうですね。毎年ヘルシーマラソンの5キロコースに家族で出てくれているお客さんがいるんですけど、子どもたちはだんだん大きくなってどんどんはやくなるじゃないですか。でも子どもには負けられないと思うんですよ。
―はは。じゃあその子たちに負けないように頑張ってるんですね。
土屋
でも…まぁもう無理ですよね。みんな高校生くらいなんで。
―一番上り調子の時期ですもんね。
土屋
こっちはもう下降線を…。
―でも郵便局めぐりにも生かされているし、いいですね。
土屋
広く浅くいろいろやってるんです。
―あとは何をやってらっしゃるんですか?
土屋
郵便局をまわる合間にカシャッて写真を撮って、写真を売るサイトに出すのも好きなんです。お客さんにそのサイトのことを10年くらい前に教えてもらって。なんとなく出しはじめてなんとなく売れてる。なんでこんな写真買う人がいるんだろうっていうのとかありますね(笑)。
―花とかですか?
土屋
川や島の写真を撮ったり。風景の写真はあんまり売れないんですけどね。ジョギングしている途中でも落ちているクワガタを拾ってちょっと木につけて撮ったりしてます。
―虫ですか…。
土屋
小さいとき昆虫少年だったんです。生き物の写真は意外に売れるんですよ(笑)。渓流釣りもやるんですけど、朝早く起きるのが嫌いなんで、昼くらいに行くとあんまり釣れない(笑)。
―あはは。
土屋
あと、動画配信サービスで映画とか海外ドラマもよく見てますね。「ゲーム・オブ・スローンズ」とか「ヴァイキング 海の覇者たち」とか。
―多趣味ですね~。
土屋
ほかの宿の奥さんの前では、僕はなんにもしないで奥さんばかりにやらせているダメ人間だからって言ってます。
―実際そんな旦那さんなんですか?
清美
いやぁまぁ(笑)。でもやるときはちゃんとやってくれますよ。
土屋
できることとできないことがあるんですよ! ちなみにかみさんは、帳簿は一切やらないんで。
―宿をきれいに維持したりとかは奥さんのお仕事なんですよね。
清美
朝からお客さんの食事を作ったりね。
―その辺は声を大にして言ったほうがいいですよ!
土屋
無理なもんは無理なんですよ!
―でも宿をはじめたの、土屋さんじゃないですか!
清美
そうでしょ~!
―そう考えると、早めにいいヘルパーさんが見つかってよかったですね。一生もののヘルパーさんですよ。
土屋
ねぇ(笑)。
―サラリーマンが性に合わなくてこの世界に入ったとのことですが、職業として「宿主」は自分に合っていたと思いますが?
土屋
うーん、もう30年経っちゃったからね。僕が学生の頃なんかね、夏休みともなれば学生さんがいっせいに2週間、3週間旅行していましたからね。僕もひと夏で40~45日旅行していて。いまはそういう人いないですもんね。来ても1週間…はいないな。5日間。宿業の環境的には厳しくなってますけど、まぁ子どもも家を出ているんでいいかなって。
清美
宿っていうか自分の人生の終わりが近づいているのを感じます(笑)。あと何年宿をやって、あと何年元気で遊べるかなって。
ーやりたいこと、どんどんやってください。
土屋
半分本音ですけど、いま一番行きたい場所は、娘のアパートのとなりの部屋ですから!
―あはは。最終的にはやはりそうですか!
2019.3.5
文・市村雅代