「観光地より周囲に何もない
ロケーションを優先しました」
ゲストハウス 旅うたり
水本 達矢さん | 滋賀県出身。学生時代の旅で北海道と旅人の交流の場に魅せられ、2017年に宿を開業した。小中学校では同郷の元日本代表選手、井原正巳氏にあこがれサッカー部に所属。高校では陸上部に入り長距離ランナーに。宿周辺のジョギングは「目標を定めやすく走りやすいです」。 |
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宿主を紹介する「とほ宿めぐり」の初回は2018年7月現在で最も新しいとほ宿、「旅うたり」の宿主、水本達矢さん。十勝エリア大樹町の畑の真ん中にポツンと建つ建物を5年かけてセルフリフォームし、開業後は宿泊者同士が気持ちよく交流できる雰囲気づくりを心掛ける。十勝では珍しく、海に近いという利点を生かした宿の運営を検討中
北海道への思いが募り
新卒で就職した会社を半年で退社
― 2018年7月現在で一番新しいとほ宿ですね。
水本
宿をやりたいと思ったのは15年くらい前なんですけどね。実際にはじめるまでに結構時間がかかってしまいました。
― 宿を始めたきっかけは何だったんですか?
水本
大学時代、通学時間がかかったのでサークルに入っていなかったんです。でも就職が決まり、学生時代が終わりかけると「学生時代に『コレ』をした」、というのが欲しくなって、バイトで貯めた30万円を持って車でひとり旅に出たんです。オホーツク海を見ようと滋賀から北を目指しました。
― いいですねー。
水本
でも隣の岐阜に入った時点で、すでに「もう帰ろうかな」と思いはじめ…。
― え???
水本
はじめてのひとり旅だったんで寂しくなっちゃったんです(笑)。でもとりあえず行けるところまで行こうと思って。1日でどれくらい進めるかわからず宿を取っていなかったので1日目は車中泊。2泊目はビジネスホテルに泊まりました。
― それだとあまり人との交流もないですよね。
水本
3日目に日光でひとり旅の雑誌で知ったユースホステルに泊まってみたんです。そうしたら泊まり合わせた人との時間がすごく楽しくて。その後は猪苗代→仙台→十和田とユースに泊まりながら少しずつ北上していき北海道には函館から上陸しました。この後結局17日間道内にいたんですが、これで北海道にはまってしまったんです。景色が全然違う。
― 結局オホーツク海まで行ったんですか?
水本
確か行ったと思います…。
― 目的地だったのでは?
水本
楽しすぎて、途中で行き先はどうでもよくなってしまって(笑)。少しでも長く北海道にいられるよう、お金も節約して旅をしていましたね。この時点でもう「ユースをやりたい!」と思いはじめていました。
― でも就職はもう決まっていたんですよね?
水本
はい。大学卒業後は内定をいただいていた会社で働き始めましたが、北海道への思いが募り半年で辞めることに…。その後ほかの会社で働いて資金を貯め、25歳で札幌市に拠点を移したんです。仕事をしながら宿をやる場所を探していました。
何もないところにポツン…の
理想の場所
― 何かイメージはあったんですか?
水本
何もないところにポツンと一軒だけ建っている、というイメージですね。
― この建物は、まさに、ですね。
水本
道内の主に空港のまわりをあちこち見てまわり、場所としては中標津、女満別空港周辺がいいなぁと思っていたんです。十勝はその次くらいの候補地でした。
― この建物はどうやって見つけたんですか?
水本
大樹町のホームページです。町という町のホームページを見て物件を探していましたから。6年前の正月過ぎにこの物件を見つけて、その瞬間「ここだ!」と。2月には買うことに決めて、それまで勤めていた札幌の会社にもすぐ辞表を出して…。
― すごい行動力! でも正直、近くにこれと言った観光地はないし…
その点不安はなかったんですか?
水本
3日くらいは悩みましたが(笑)、それ以上にこのロケーションを優先しました。それに、帯広空港まで車で30分と、実はアクセスもそれほど悪くないんです。ただ、建物を買うのに全財産をはたいてしまい、リフォーム代を出せなかったんです。だからその後は住みながら合計5年間、自分でコツコツ直してようやく2017年に開業したんです。
― あれ、そういえばユースをやる予定だったのでは…
水本
北海道に住んでからいろんな宿を泊まり歩いていたんですが、ユースの雰囲気が自分が好きだったころのものから変わってきているなぁと感じはじめて…。そんなときに「とほ」にも何軒か泊まってみたんです。そうしたら「こりぁ楽しいわ」と。自分が好きだった宿泊者同士が交流する雰囲気があるなぁと思って。「とほ」はユースと違って会員でなくても泊まれますしね。
― あーそうですね!
水本
とほの宿主で、最初に宿をやることを打ち明けたのは、当時住んでいた札幌から近い場所にあった「あんぷらぐ」(当別町)の宿主の佐藤(雅信)さんでした。あと同じ関西出身で年齢的にもまさに兄貴、という感じの「旅の轍」(安平町)の、のみぞう(鈴木智也)さん。宿の名付け親はのみぞうさんなんですよ。
― あら、そうでしたか。「うたり」はアイヌ語ですか?
水本
仲間とか親族という意味ですね。宿名で悩んでいた時にのみぞうさんが「水本くん、『ウタリ』ってどうよ、『ゲストハウス ウタリでいいじゃん』って。僕もいいなぁと思ったんですが「ウタリ」で検索するとほかにもいろいろな施設にヒットしてしまって。それで「旅うたり」にしたんです。僕的には旅の仲間、旅の家族という意味で使っています。
釣りのポイントもあり
十勝の意外な一面が見られる穴場も
― まわりは見事に一面畑ですね。
野菜から薪ストーブの薪までご近所さんが持ってきてくれるとお聞きしました。
水本
地元の人には本当に助けられています。ここに引っ越してきてからは自分も地区の集まりには積極的に顔を出していましたが、何か困ったことを相談するとすぐに解決してくれるんです。重機で除雪してくれたり。国道236号から宿に入るところに看板がありますが、あれも最初はもっと低い位置にあって。それじゃあ見えないだろうって、長い鉄パイプを持ってきてくれて、雪が降っても埋もれないくらい高い位置に設置できました。
― 確かに看板はとても見やすい場所にありました!
水本
野菜は食べきれないくらい持ってきてくれるし、薪もどんどん持ってきてくれて。倉庫にすでに2年分くらいありますが、ほかにも別の場所で保管してもらっているんです。自分の薪割りが全然追い付かなくて(笑)。この家を管理していた人が、宿を開業する前に地域の人によろしくって言っておいてくれたみたいで、すごく感謝しています。
― 大樹町に来てから生活は変わりましたか?
水本
写真をよく撮るようになりましたね。景色がきれいだからかな。動物もよく見ます。タンチョウもいますよ。
― もっと北海道の東側にいるものだと思っていました!
水本
そう思っている人が多いみたいで、よくいる場所にお客さんを案内すると喜ばれます。運がよければ宿のリビングからも見られるかも…笑。あと、大樹に住んでから釣りをするようになりました。
― 畑のイメージが強い十勝ですが、大樹町だったら海に近いですからね。
水本
最初に知り合いに連れて行ってもらった時、そうそう釣れないカレイの王蝶(マツカワ)がビギナーズラックで釣れて。それで釣りが好きになりました。
― 釣果が宿のおかずになったり…は?
水本
残念ながらまだそれはないんですが、広尾の漁港で仕入れた新鮮な魚を使っていますよ。
― そういうところがいい意味で、畑のイメージの強い十勝っぽくないところかもしれませんね。釣りのお客様にもちょうどいい宿なんじゃないですか?
水本
そう思ったんですが、意外に釣りのお客さんが来ない!(笑) シシャモ釣りやアキアジ(サケ)釣りのポイントの紹介もできるので、ぜひお越しください!
2018.7.10
文・市村雅代