「状況は変わったけれど
思いは開業当時のままです」
畑の中の小さな宿 夢畑
折笠久美子さん | 福島県出身。神奈川県で暮らしていた短大時代に兄の影響でユースホステルを使った旅をはじめる。1994年に宿開業。知る人ぞ知る酒豪で、楽しいお酒ほど進む。お気に入りは焼酎のウーロン茶割。海外ドラマ好きで「プリズン・ブレイク」のファン。 |
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ユースホステルのような宿をやりたいと考えながら旅をしていた時に「とほ宿をやりたい」と考えていた人と出会い結婚。映画で見た畑の広がる景色にひかれ、女満別空港近くで開業した。共に夢を実現した夫が病死した後も兼業しつつひとりで宿を続けている。宿への入り口がある道道246号にはカラマツの並木があり、黄色に染まる秋には美しい景色が見られる。チェックインの時間や夕食の提供が可能かどうかは日によって異なるので予約時に確認を。
宿開業の同志と出会い結婚
映画で見た、畑の風景が美しい土地へ
―畑が作り出す景色と言えば北海道では美瑛エリアが一番有名ですが、このあたりもすばらしいですよね。
折笠
この景色が良くて、ここに決めたんです。旦那と北海道で宿をやろうって決めて、場所は漠然と道北か道東かなと思って探していました。ちょうどその頃、当時住んでいた東京で黒沢明監督の「夢」という映画を見たんですけど、その中に出てきた畑の景色がきれいで。そうしたら撮影協力に「北海道女満別町」(当時。現大空町)と入っていて。それで女満別いいんじゃないって。
―映画がきっかけだったんですね!
折笠
景色がすごくきれいだったっていうことと、空港が近いっていうのはいいなと思いました。JRの駅もあるし。あと、晴れの日も多いエリアなので。
―オホーツクエリアは冬の晴天率もいいですからね。ここはどうやって見つけたんですか?
折笠
最初役場に行ったんですけど、そこで町内の新聞販売店だったら空き家の情報があるかもしれないと紹介されたんです。
―はじめて聞く家の探し方です(笑)!
折笠
それで女満別に来るたびにその新聞販売店に顔を出していたんですけど、その方のつてで売りに出ている家があるよって情報を得て。不動産屋さんに案内してもらったんですけど、そのついでという感じで別に紹介されたのがここでした。元々農家さんの家で、畑とは別に家だけ売ってもらったんです。
―こちらのほうが希望に合っていたんですね。
折笠
最初に紹介された家はちょっとくぼんだ場所にあって、まわりを見渡せる感じではなかったんです。ここは畑が見えるので。
―じゃあほぼ即決だったんですか?
折笠
そうですね。93年の秋に決めて94年の3月末日に旦那も私も仕事を辞めてこっちに来て6月にオープンしました。移り住んでから自治会の集まりに出て知ったんですけど、映画「夢」に出てきた畑は同じ自治会の農家さんのものだったんです。
―すごい偶然ですね! 女満別町とは言っても畑はあちこちにありますからね。
折笠
そうなんです。
―理想の場所で開業となったわけですが、宿をやろうと思ったきっかけはなんだったんですか?
折笠
短大時代にユースホステルを使って旅をしはじめたんですけど、卒業後、保母として働きはじめてからかな。いつかユースみたいなことができたらいいなぁとふわぁ~っと思ったんです。
―ユースのどのあたりが良くてそう思ったんですか?
折笠
はじめて会った人といろんな話をしたり、「明日同じ方向だから一緒にまわってみよう」ってなったり。写真を送ったり送られたり。旅はいいな、旅は人生だなって思いました。
―自分が旅人ではなく迎える側になろうと思ったのはどうしてですか?
折笠
自分が行ってすごく楽しかったなって思えた、その逆の立場になりたいなって。うちに来てよかったなって思ってもらえたらすごくうれしいなと思って。
―当時はどのあたりをまわっていたんですか?
折笠
全国ですね。日本を全部まわってから外国に行きたいなと思っていたんですけど、北海道にはまってしまって。北海道に何回か来るうちに道内のユースで旦那と会って付き合うようになって…。
―おぉ。
折笠
それで「いつか地元でユースみたいなことができたらいいと思ってるんですよね」って話したら「北海道でとほ宿をやりましょうよ」って言われたんです。旦那も宿をやりたいと思っていたんです。
―すごい! 運命の出会いですね(笑)! 折笠さんご自身はとほ宿は利用していたんですか?
折笠
ユース全盛の時代だったので、私はとほ宿は知らなくて。結婚してから旦那に連れて行ってもらいました。
―宿をはじめたのは、結婚して何年目だったんですか?
折笠
4年目です。
―ユースで知り合われたのに「ユースをやりましょう!」にはならなかったんですね。
折笠
たぶんとほ宿の方がアットホームな感じだったんだと思います。その頃のユースって定員100人なんていう所もありましたし。
―ちなみにおふたりとも宿業の経験は…?
折笠
なかったです。旦那も会社勤めだったし。開業前に、旦那がよく行っていた陸別のとほ宿で1日だけヘルパー体験というか宿体験をさせてもらいました。
―はじめて尽くしだったと思いますが、宿をやること、北海道で暮らすことに不安はなかったんですか?
折笠
…なかったですね(笑)!
―何の保証もなかったと思いますが…。
折笠
ほんとですね(笑)。でも宿は1年目、2年目のほうがビギナーズラックみたいな感じでお客さんが多かったように思います。
―北海道の冬は大丈夫だったんですか?
折笠
私は福島県出身なんですが、地元がそんなに雪が降るエリアではなかったので、1年目は吹雪ですら楽しくて、家が雪に埋もれてしまって出られないっていうのもイベントのように感じていましたね。
お客さんの協力も得て
できる範囲で、の営業に
―開業以来、ヘルパーさんはなしでやって来ているんですか?
折笠
そうですね。できる範囲で。
―旦那さんとの仕事の分担は決まっていたんですか?
折笠
料理は私で掃除は旦那でしたね。
―闘病の末、残念ながら2009年に夫の久和さんが亡くなりましたが、その後もひとりで宿をやってらっしゃいますよね。人手の面でも、2人分の仕事をひとりでやることになり大変になったと思います。宿を「やめる」という選択肢もあったと思いますが、続けていらっしゃるのはなぜなんですか?
折笠
旦那と「北海道で宿をやりたいね」って来たので、です。でもだからと言って「旦那の分まで!」とかそういう気負いがあったわけではなく、自然な流れというか。旦那が亡くなりました、だから宿をやめますっていう話にはならなかったですね。
ーそもそも折笠さんご自身も宿をやりたくてはじめていますしね。
折笠
ただできることの範囲は狭くなりました。女満別に引っ越した翌年から、ずっと幼稚園、保育園でも働いているんです。資格を持っていたので声がかかって。それで、帰りが遅くなることもあって。旦那がいた時は、私が帰る時間より前に到着するお客様にも対応できたんですけど…。今は私の帰りが遅くて夕食をお出しできない時もあるので、予約の電話をいただいた時に事情を説明して「それでもいいですよ」って言ってくださるお客様にしか来ていただけなくなりました。そういう意味で、できる範囲は狭くなったなって思います。ただ、生活を考えると宿業だけに絞るわけにもいかなくて…。
―それでも、宿業が折笠さんの中ではメインなんですね?
折笠
はい(笑)! 勤め先からは、「こちらをメインにしてほしい」とは言われていますけど…。
―はは。昼間は保育園などのお仕事をして、帰ってきてから宿業っていうのはかなりハードではないですか? それでも宿をやっているのはなぜなんですか?
折笠
やっぱり宿をやりたいから、ですかね。ありきたりですけど、新しい出会いもあって、帰られる時に「ありがとうございました」とか「また来たいです」って言ってもらえるとすごくうれしいし。予約の電話を受けた時点ではどんな人かわかりませんが、来ていただいて、一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだりしながら話すと、私も本当にありがとうございました、また来てくださいねって思えるんです。
―宿業の醍醐味なんでしょうね。
折笠
ぶっちゃけたことを言えば、宿業ってすごくいい仕事だと思うんですよ。「仕事は何?」って言ったら、自分の家を掃除することじゃないって(笑)。
―まぁそうか…な(笑)?
折笠
自分の家を掃除して、そこにお客さんが来てくれて、一緒にご飯食べたりお酒飲んだり、お話ししてくれて。こんなにありがたいことないでしょ、って思いますよ。
―そう思えるんだったら、すごく宿主に向いている人なんですよ。
折笠
ありがたやありがたや、って(笑)。
―すでに宿をはじめてから25年ほど経っているにも関わらず、今も新鮮な気持ちで運営していらっしゃるのかなと思いました。
折笠
ひとりでやるようになったのでやれることは限られるようになったし、お客様にも来ていただきづらくなりましたけど、気持ちは全く何も変わっていないですね。
北海道に来たら飼うと決めていた犬と
なりゆきで家に連れてきた猫との生活
―以前、宿のウリはネコと犬です!とお聞きしましたが、動物は昔からお好きだったんですか?
折笠
実家では特に動物を飼ったりはしていなかったですね。宿の開業を決めてから、北海道に来たら犬を飼いたいなと思ってたんです。それで引っ越してきてすぐに、犬が欲しいんですけどっていう話をして近所の人から譲ってもらいました。ネコは特に飼いたいと思っていなかったんですけど、道で子ネコを見つけてつい手に乗せちゃったんですよ。手に乗せちゃったら「まぁしょうがないか」みたいな感じで(笑)。連れて帰って飼いはじめました。
―はは、そうなんですね。今は犬もネコも2代目ですよね。
折笠
犬がいなくなった寂しさは犬でしか、ネコがいなくなった寂しさはネコでしか癒されないというか。どちらも最初の子がいなくなった後に「ネコが欲しい」「犬が欲しい」って職場で話していたら知り合いを紹介されて。今いる犬のラッキーとネコのアルファが来たんです。
―犬以外に「北海道で暮らしはじめたらやってみたい!」と思っていたことはありますか?
折笠
旦那も私も勤めを辞めることになるので、自由にもっと旅をしたいと思っていました。実際旅行してましたね。
―どのあたりに行かれていたんですか?
折笠
沖縄とか九州とか…。
―え!? 道内じゃなくて(笑)?
折笠
道内のドライブもしていましたけど、北海道の生活が日常になると、非日常を求めたくなって(笑)。沖縄にはよく行ってましたね。
―あはは。でもそういうものかもしれませんね。普段、ちょっと時間がある時は何をしているんですか?
折笠
ラッキーとお散歩に行ってます。普段も出勤の前に行っているんですけど、休みの日には車で網走とか美幌まで出かけてそこで散歩するんです。いつもの散歩コースは畑の中の道ばかりで変化に乏しいというか(笑)。散歩ついでにきれいにされているお庭を見て歩くのも好きですね。人の家の庭を見るなら、自分の家の庭をきれいにしろって感じなんですけど(笑)。
―自宅の庭いじりはしないんですか?
折笠
春先はいつも「ことしこそ!」って思うんですよね。
―わかります~!
折笠
だけど、6月くらいになるともう雑草で手が付けられなくなって、早く雪で覆ってほしいと思います(笑)。
―そんなにひどいことにはなっていないと思いますよ?
折笠
いやいや。花はうまく育てられないので、本当にもうやめておこうと思うんですけど、見ると欲しくなって買ってしまって。結局、この木はこんなに簡単に枯れるのか?とか、宿根草のはずなのに翌年芽が出てこない、とかっていうことになるんですけど。
―あはは。この近所で花を見る場所と言えば…。
折笠
車で20分ほどの所に小清水原生花園があります。でも、なかなか花のいい時期に行けないんですけどね。四季を感じる生活をしたいです。
ーうまく育てられるかはともかく(笑)、お花が好きなんですね~。
折笠
実は宿の名前も私は「花畑」がいいと思っていたんです。でも旦那が「夢畑」にしようって。映画「夢」を見てここに来たんだし、かっこよく言えば「夢」をまいて実現した場所だからって。
―そうだったんですね! この風景にもぴったりの名前だと思います。
折笠
私も今は花畑でなく、夢畑にしてよかったなって思っています。
2019.10.15
文・市村雅代